【中学歴史教科書8社を比べる】524 29 日米関係 -89- ? 大東亜(太平洋)戦争直前の状況 -29- <基礎知識:開戦の理由・原因 3/3「大東亜戦争の実相」 3/n> - やおよろずの神々の棲む国で?

? 大東亜(太平洋)戦争直前の状況 1930〜1941 -29-

※この10年ほどのできごとはすべて関連しているので、かなり長くなるがまとめて調べる。なお、その間の「日中・日朝関係」については調査・報告済なのでここでは省く。  <23 日中関係?(WW?〜1945)313〜> <17日朝関係(戦前) 152〜181 >

■基礎知識 〜開戦の理由・原因について〜

3 瀬島龍三:「大東亜戦争の実相」(PHP文庫)より引用 3/n

 最初に、当時の軍中枢部にいた瀬島龍三氏の上記の本から、この本が出版された状況について引用した。今は、この本の中の総まとめの「終章」で「回顧よりの教訓」としてあげられている「七つの教訓」の一部を引用している。

〜終章より その2〜 

〜以下略(教訓2)〜

〜以下略(教訓3)〜

・「教訓の第四は、政治が軍事を支配せずして、むしろ軍事が政治を支配した軍事優先の国家体制であったことであります。」

 多くの教科書などが、大東亜戦争(含:支那事変)の時代について、「軍国主義」という用語を使っている。「軍事優先の国家体制」は、確かに「軍国主義」概念の中心要素だが、日本の場合、そう単純に「軍国主義だった」とは言えないようだ。

ウィキペディア:「軍国主義」より引用>

・「概説 ブリタニカ国際大百科事典によると、軍国主義とは「戦争を外交の主たる手段と考え、軍事力を最優先する考え方ないしイデオロギー」とのことである。

 軍事力を国家戦略として重視し、軍事力の増強のために、政治体制・財政・経済体制・社会構造などを集中的に投入する国家体制や思想を意味する。軍事主義とも呼ばれる。

 軍国主義が支配する国家においては、軍人が高い社会的地位を占め、教育・文化・イデオロギー・風俗習慣などが、軍事的な特徴を帯びるにいたる、という。社会全体が、軍事的に編成され、社会のすみずみに軍隊的精神、ものの考え方が浸透し、国家全体がまるで兵営のようになる。よって、こうした軍国主義に支配された国家は「兵営国家」とも呼ばれる。こうした軍国主義は、遡れば古代から存在し、たとえば古代ギリシアではスパルタ、中世のカロリング朝など様々な例があるが、世界的に流行し、その害悪がひどいものだと自由主義者などから批判されるようになったのは、19世紀半ば以降であると見られる。

 19世紀半ばに社会主義者や共和主義者がフランスのナポレオン3世第二帝政を批判する言葉として使ったのが最初の使用例と見られている。「帝国主義」という言葉もこの時期に使用されるようになったと見られる。

 国際的次元では「平和を脅かした国家」という他国批判の材料となってきた言葉である。第一次世界大戦中や戦後はドイツが軍国主義と批判されてヴェルサイユ体制下で国際社会から戦争の責任を追及され、同様に第二次世界大戦後にはドイツと日本が軍国主義と批判されて国際社会から戦争の責任を追及されてきた。

・「日本政府における定義と、軍国主義者が内閣にいることへの判断 1973年(昭和48年)の官房長官の見解では、軍国主義思想とは「一国の政治、経済、法律、教育などの組織を戦争のために準備し、戦争をもって国家威力の発現と考え、そのため、政治、経済、外交、文化などの面を軍事に従属させる思想をいう」と定義づけた。 なお、1973年の段階では、日本の内閣総理大臣国務大臣軍国主義者であってはならないと、(政府内部で)一応は認識されていた。

〜引用終わり〜

 この時代の政治・外交状況を具体的に調べていくと、当時の日本政府が、《「交渉」よりも「戦争」を外交の主たる手段と考える》状態ではなかったことは確かだ。また、昭和天皇が、《交渉が外交の主たる手段》と考えておられたことはまちがいない。

 したがって、当時の日本を「軍国主義」と認定(断定)するには無理がある。(※米国大統領ルーズベルトなどにより、「軍国主義的状況」に追い込まれていったことはまちがいない。)

 その「無理」を、武力を背景にして、無理やり「道理」に変えようとしたのが「極東軍事裁判」・・・その結果、いまだに、多くの教科書がその「無理」を主張している。敗戦によって、日本人がいかに自信を失ってしまったか、いかに米国の支配力・影響力が強かったか(強いか)がよくわかる。

〜次回、4/4〜

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《著者:松永正紀 教育評論家 /h22年度 唐津市玄海町:小中学校校長会長》

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